05/12 (木)
R運転の車で市役所。最近、Rに送ってもらうことが多いのだが、運転はRの方が断然上手。選挙の時に私は実家の車をボコボコにした経歴もある。ただし、免許的には無事故無違反。過去に一度の減点もないゴールド免許。
議会控室。議会事務局のU次長来室。来年3月の新姫路市誕生を記念し、松浦亜弥さんの里帰りコンサート開催が決まったようだ。日時:8月20日(土)午後6時30分〜8時30分。出演:松浦亜弥、W(ダブルユー)、メロン記念日。料金:6,300円(全席指定)規模:15,000人。6月11日(土)午前10時から、『市民先行販売』を開始。予約専用電話:83−0083(電話受付のみ)問合せ:松浦亜弥里帰りコンサート実行委員会 電話:84−0263。
その他、市民コンサートや郷土芸能(姫路市、家島町、夢前町、香寺町、安富町の郷土芸能の競演)、ひめじ良さ恋まつりも計画されている。いい話なので、すぐにHPの掲示板にUP。若手の職員Mさんから意見を聴く。その後、ファミリーマート。大盛天そばどん兵絵(カップラーメン)。遅い昼食。その後、書類作成など。
今日は、ほかに個人的に鼎の軽重が問われかねない頼まれごともあった。各方面に電話するなど大変。友人や旧知の参議院議員、代議士の秘書さん、その昔、一緒に選挙をした懐かしい某大企業の方とも数年ぶりに話した。厳しい結果であったが、多くの方のご協力に感謝した一日。その後、急ぎタクシーで西二階町商店街。市政懇談会。
最近の議会情勢から、中学校給食の導入についての経過や評価、変えようの進捗状況など。中学校給食について、皆さん思い入れが深い。多くの時間をとる。ある方が言うには、婦人会の方々と懇談していても賛否に個人差があったという。自分が当時食べた給食の経験がそのまま賛否に影響しているのではという話だった。
今日の会では、参加者が全員男性で共働き家庭が少ないこともあったのだろうか、私以外は反対の声ばかりだった。弁当がもたらす親子の絆(愛情弁当)が大切という話も出た。私は給食は全て残さず食べなければならないという方針の先生(新卒1年目)に3年間担任して頂いた。今でも唯一食べられないきらいな食べ物(結構よく使われる食材)を当時は吐き気を抑えて無理に飲み込んでいた。それでも、給食には楽しい思い出だけが残っている。様々な事情でお弁当を持って来れない家庭もある。中学生といえば敏感な年頃でもある。モデル実施の結果を改善にいかし、全校実施を願いたい。
今日集まった方々の話を聞いていると、何度も羨ましいと思うことがあった。ある面で同じ職業でもあるが、生活という面ではレベルが違うといってもいいほど。ふと、「恒産(こうさん)なくして恒心(こうしん)なし」という言葉を思い出した。
前者は、高校の漢文の教科書に載っていた、古代中国の「孟子」が梁の恵王に説いた言葉の一節。『恒産』は一定の安定した収入のことで、『恒心』とは正しい心構えや考え方のこと。原典では、「恒産がなくても恒心をもっている者は国士(志の高い人間)だけ。民衆は恒産がなければ、恒心をもてない。為政者である王は、民衆に恒産をもたらすような仁政を行わなければならない」となっている。
「恒産なくして恒心なし」という言葉自体は高校時代に明治期の普通選挙の導入に反対する意見(当時は一定の税金を納めたものだけが選挙権が与えられていた。「恒心」のない一般庶民に選挙権は不要というもの)の根拠としても聞いた記憶がある。
この意味で、政治家に置き換えると、子ども時代を赤貧の環境で育ったような政治家に、「政治とカネ」の問題で身を滅ぼす人が多いという話を聞いたことがある。恵まれない環境そのものをなくすために政治を志したのか、自身の立身出世のためだったのか。「三つ子の魂百まで」という言葉もあるが、最初の動機はそう簡単に消えないのかも知れない。悲しい現実だが、他山の石とすることができる。
一定以上の生活ができる「恒産」があって、政治家としての給与(報酬)さえも不要な資産家の政治家がいたとする。これらの政治家に能力が備わり、資産家であっても庶民の気持ちがわかり、更に身銭をきってでも善政に尽くすという者があれば、確かに理想的である。明治期には、自分の田畑や屋敷を売り払ってでも民に尽くし、井戸や屏だけしか残らなかった「井戸塀(政治家)」が存在したという。近年その存在を聞かないが、一方で、政治家の権力を「恒産」のために利用する不届きな輩は枚挙に暇がない。
私の持論として、一定以上の権力を持つ政治家には、「恒産と政治家としての権力が結びつかない」、また、「限られた時間を政治に専らにできる」恒心家にやってもらいたいと思っている。「恒産」と「恒心」を併せ持って、政治家となったのなら、何をためらうことやあらん。私益を捨てて公のために尽くすことができるはずというものでもある。「鼓腹撃壌」(平和で楽しい生活を喜ぶ様子『十八史略』)があまねくもたらされるまで政治の役割が尽きることはない。
終了後、十二所線沿いの紅醍醐後にオープンしたラーメン寶龍。 |