名前
たけうち ひであき
生まれ
昭和49年[1974]4月6日、父 亮三 母 昭子(旧姓 池垣[山崎町出身])の長男として
姫路市仁豊野のマリア病院で生まれる・血液型AB型・おひつじ座
妻 令子

※祖父 亮之介の代まで東二階町商店街でお茶屋[清香園]を経営していました。
戦争による空襲の影響もあり閉店し、祖母の故郷 砥堀へ。姫路市役所に勤めました。父は倒れるまで西今宿の医療法人 恵風会 高岡病院に勤めていました。

サイズ
身長174p、体重77kg (2003年6月70kg/2001年は80kg。昔は同じ身長で50kg代でした…)

趣味(サラリーマン時代の古いものも含む)
食べ歩き いわゆるB級グルメです。カレー・ラーメンが得意分野。様々な肉類も。昔は食べ放題にチャレンジするのも好きでした。
水泳 昔は長時間水泳ができました。自己記録は途中休憩なしの連続3時間。得意は平泳ぎ。
幼稚園のとき、ぜんそくを治すため、ピープル北姫路に通いはじめたのがきっかけです。大学時代はご無沙汰でしたが、社会人になってから、中野ティップネスでダイエットをかねて泳ぎました。おかげで最大80kgあった体重も13kg減りました。議員になってからほぼ泳いでないですね。
時計 祖父、父は時計好きでして、私が手巻き式など古い時計を引き継いでいますが、父や祖父より私のほうが大きいためバンドのサイズが違い私がつけることができません。デザインと時間の正確さをあわせもつものがいいですね。
小学生の時、お年玉を貯めて、ニチイの二階の時計店でダイバーズウォッチを買って以来、大事に使っています。特に機械式が好きですが、汗かきなので、内部に水が入り駄目にしたものがあります。
(ここで時計に関する政界話を一つ。田中真紀子元外相がお父さんの角栄さんから時計をもらった時、「時間より大切なものはないから、時計はいいものを大事に使いなさい」と言われたそうです。この話に感心しましたが、私は時間にルーズです…。)
温泉 いまや趣味にいれるのはおこがましいですね。行く機会はないです…。昔は白濁の露天風呂、少しぬるめが好きでした。長野の白骨温泉もよかったです。

座右の銘
 「かけた情けは水に流し、受けた恩は石に刻む」

保育所時代に田中先生から頂いた絵本「泣いた赤鬼」に登場する『青鬼』、小学生時代に見たNHK「人形劇三国志」の『劉備玄徳』に共通する「情け、思いやり」のこころが私の人格形成に大きな影響を与えていると思います。また、これが私を政治の世界に導いたのだと思っています。今でも絵本、ビデオともに大切においてあります。当選後、田中先生からメールを頂きました。覚えていただいていたようで、ありがたいことです。

尊敬する先輩
和辻 哲郎 博士 「古寺巡礼」「自叙伝の試み」などの著作でも有名な明治の哲学者。文化勲章受賞。「自叙伝の試み」には故郷仁豊野や姫路中学への通学を回想するシーンに多くのページさかれています。私が通った砥堀小学校では「われらの大先輩、和辻哲郎博士の言葉、『成長を欲するものは、まず根を確かに下ろさなくてはならぬ。上にのびることをのみ欲するな。まず下に食い入ることを努めよ』」のフレーズがの歴代卒業式の答辞に引き継がれており、今日でも忘れることはありません。まず自分の足元を固める、これは、今の自分にもあてはまることです。
三上 参次 博士 東京帝大名誉教授。勅撰の貴族院議員。姫路中学[現 姫路西高]では、筋の通らないことを命じた教諭陣と論争し途中退学したり、後の広田弘毅内閣の文部大臣就任要請でも「明治天皇御記」編集のため固辞するなど、気骨の人であったそうです。また同郷の若い苦学生が上京した際は、よく面倒を見られたとの話が伝わっています。
 お2人とも、私の通った砥堀小学校、姫路西高校[旧姫路中学]の先輩。姫路出身の中でも特に偉大な先達を郷里の先輩にもっていることを誇りに思い、一歩でも近づけたらと思います。
(姫路文学館には2人に関する資料が詳しく展示されています。是非行ってみてください。)